Contents
- 1ユーロ・デスの第三勢力オランダのオールド・スクールなデスメタルから、ジャズ/フュージョン・アプローチのテクニカルなサウンドを極めた“ダッチ・テック・デス”のパイオニア!!
- 1...1PESTILENCEはダッチ・デスの老舗!?
- 1...2オールドスクールとテクニカルの間を行き来する!?
- 1...3テクニカル・デスメタルとしてのPESTILENCE!!
- 1...4PESTILENCEの不安定なメンバー編成!!
- 1...5テクニカル・デス再評価と2度の解散〜再結成!!
- 1.1PESTILENCE|DISCOGRAPHY
- 1.1.1Malleus Maleficarum|マレウス・マレフィマルム
- 1.1.2Consuming Impulse|コンシューミング・インパルス
- 1.1.3Testimony of the Ancients|テスティモニー・オヴ・ジ・エインシェンツ ~古人の証言~
- 1.1.4Spheres|スフィアーズ ~存在の証明~
- 1.1.5Chronicles of the Scovrge|クロニクルズ・オブ・ザ・スカヴァージ
- 1.1.6Resurrection Macabre|リザレクション・マカブレ
- 1.1.7Doctrine|ドクトリン
- 1.1.8Obsideo|オブシディオ
- 1.1.9The Dysentery Penance|ザ・ディセンテリィ・ペナンス
- 1.1.10Presence of the Past|プレゼンス・オブ・ザ・パスト
- 1.1.11Reflections of the Mind|リフレクションズ・オブ・ザ・マインド
- 1.1.12Presence of the Pest (Live at Dynamo Open Air 1992)|プレゼンス・オブ・ザ・パスト:ライヴ・アット・ダイナモ・オープン・エアー1992
- 1.1.13Hadeon|ハデオン
- 1.1.14Twisted Truth|トゥイステッド・トルース
- 1.1.15The Roadrunner Albums|ザ・ロードランナー・アルバム
- 1.1.16Exitivm|エクシティヴィエム
ユーロ・デスの第三勢力オランダのオールド・スクールなデスメタルから、ジャズ/フュージョン・アプローチのテクニカルなサウンドを極めた“ダッチ・テック・デス”のパイオニア!!
PESTILENCE(ペスティレンス)は、オランダ出身のデスメタル・バンド。
PESTILENCEはダッチ・デスの老舗!?
最初期のデスメタル・ムーヴメントの最中、オランダのデスメタル(ダッチ・デスメタル)シーンは、イギリスとスウェーデンに続くヨーロピアン・デスメタルの第三勢力として、ドイツやフランスといった国のシーンとしのぎを削っていました。
その時代のダッチ・デスメタルのシーンにおいては、80年代より活動を続けていたPESTILENCEは古参にあたるグループのひとつと見なされており、スラッシュメタルとデスメタルをつなぐ『プロト・デスメタル』のひとつにも数えられています。
オールドスクールとテクニカルの間を行き来する!?
PESTILENCEのサウンドは、オールドスクールならではの、スラッシュメタルの延長上にあるオーソドックスなデスメタルと、プログレ・メタルとしても扱われることのあるテクニカル・デスメタルの、二通りのスタイルを基調としています。
当初のPESTILENCEは、オーソドックスなブルータル・デスメタル・サウンドを特徴としたサウンドを展開していました。
しかし、90年代突入とともにオールドスクール・デスメタルのムーヴメントが収束を見せ、多くのバンドが次の『ポスト・デスメタル』展開を模索していく中、PESTILENCEはテクニカルなアプローチをネクスト・ステップに選んで力を入れるようになります。
その後は、そのふたつのスタイルを軸としており、アルバムによってその間を行き来したり、比重のバランスが変更することで変化を試みるようになります。
テクニカル・デスメタルとしてのPESTILENCE!!
PESTILENCEのテクニカル・デスメタルのアプローチは、USテクニカル・デスのレジェンドである、〈DEATH(デス)〉,〈CYNIC(シニック)〉,〈ATHEIST(エイシスト)〉が比較対象にとして挙げられますが、そもそも、PESTILENCEのテクニカル路線への転身自体が、それらのグループのアプローチに呼応したアクションという面が強いものでした。
最終的には、〈CYNIC〉や〈ATHEIST〉にも通じる、ジャズの要素を取り入れたテクニカルなデスメタルへと到達し、それらのバンドと並んで、『ジャジー・デスメタル』や『メタリック・フュージョン』のパイオニア的存在と見なされるようになります。
ただし、そのスタイルが広く注目を集めるには、〈MESHUGGAH〉のブレイクやロックシーンでのジャズ再評価なとが進む00年代を待たねばなりません。
そのため、リアルタイムでは一部の通好みなリスナーに支持されるにとどまっており、多くの初期デスメタルバンドと同様に、そのムーヴメント収束に伴って90年代半ばには解散を迎えることとなります。
PESTILENCEの不安定なメンバー編成!!
PESTILENCEは、メンバーの入れ替えが激しいグループで、中心人物パトリック・マメリ(Gt.+Vo.)以外は頻繁に入れ替えが行われています。
特にベーシストは、比較的メンバーが安定していた90年代でさえもパーマネントなメンバーがおらず、〈CYNIC〉や〈ATHEIST〉に在籍してテクニカル/プログレ路線の成功に貢献したトニー・チョイや、後にドイツの新世代バンド〈OBSCURA〉に参加するヨルン・パウル・テセリンらが、サポートで参加していました。
またヴォーカルも、デビュー後の初期2作においては、〈ASPHYX〉のマーティン・ヴァン・ドルネンがつとめていました。
テクニカル・デス再評価と2度の解散〜再結成!!
1994年には解散状態へと突入したPESTILENCEでしたが2008年にはパトリック・マメリを中心に、2番目に長い在籍期間を持つパトリック・ウターヴィクや、 手練の誰サポート・メンバーのトニー・チョイらを迎えて再結成。
これは、エクストリーム・メタル界隈におけるジャズメタル/メタリック・フュージョンの普及に加え、オールドスクール・デスメタルのリヴァイヴァルなどの動きも影響しています。
度重なるメンバーチェンジを繰り返しつつも積極的なアルバムリリースを続けていましたが、2014年再度の解散状態を迎えることになります。
しかし、2016年には早くも2度目の再結成が実現し、新作アルバムもリリースして現在も活動は継続されています。